makumakuのもくもくブログ

好きな本や日常で気になった小さな話、時々ネコについて書く気まぐれブログ。

その猫はuglyと呼ばれていた。思い出した絵本の話。

十数年前、短大生だった頃に一冊の絵本に出会いました。
当時、自分の容姿に悩みに悩んでいた私は、その本のタイトルが胸に突き刺さりました。


『ぶさいく』


可愛い猫の写真の表紙に繊細な字体で書かれた題名。


今も昔も私にとって可愛いの代名詞である猫。
可愛さ、愛らしさ、美しさ。
自分に無いものをたくさん持っている猫には、ある種、憧れすら抱いています。
そんな猫と、容姿を侮辱する意味で使われることの多いこの言葉。


この世は見た目が全てなんだと、毎日生きることが苦しいと感じていた私には、好きなものと拒絶したいものが同居しているこの絵本を素通りすることができませんでした。
即購入し、家に帰ってすぐに読み始めました。


それはある野良の子猫のお話で、その子猫を見守っていた語り手の視点で綴られていました。
その子猫の身体は傷だらけで皮膚もボロボロ、近所の人からugly「醜い」と呼ばれ、邪険にされていました。


この子は誰からも愛されませんでした。
水をかけられたり、蹴られて追い出されたり、いつもひどい目に合います。


普通なら人に寄り付かない子になるでしょう。
でもこの猫は違いました。
どんなにひどい仕打ちを受けても、人を見ると駆け寄っていくのです。


そしてある日、これまでになく手酷く痛めつけられ瀕死の状態に陥りました。
子猫を見つけた語り手がそっと抱き上げると、苦しいはずなのに、最後にグルグルグルと嬉しそうに喉を鳴らし息を引き取るのです。


この本は実家に置いていて現在手元に無いので、うろ覚えな部分もありますが、確かこのような悲しいお話でした。

当時、何度も読み返して泣きました。


元々、海外のネット上で広まった話だそうで、書いた人が誰かも、事実なのか創作なのかも分からないのですが、それでも何か強いメッセージを感じずにはいられませんでした。


私は、自分が傷つけられたら怒りや憎しみを感じます。
相手を避けるようになるでしょう。
見た目で判断されるのはつらいことです。


最近も無神経な言葉を言われ腹立たしい思いをしました。
そんな時、ふとこの物語を思い出しました。
どんなに傷つけられても人を恐れず、恨まず、愛情を求めた子猫。
誰からも応えられなくても、この子は最後まで諦めなかった。拒絶しなかった。
そこには、ただの救いようのない話ではない何かがあると思うのです。


この子猫は、生きている間に自分を愛してくれる相手と巡り会えなかったけれど、私はまだ生きていて、自分から探すことが出来ます。
全ての人に愛されようとする必要はないけど、人と関わって自分を好んでくれる相手を探す努力は大切なことだということを忘れていました。


もちろん、こちらに害意のある人と距離を取ることは、自分の身を守るために必要なことです。
敵意のある人に積極的に愛されようとする必要もないでしょう。


でも、そんな相手を恨みがましく思い続けるのではなく、少し許せる余裕を持てたら、もっと生きやすく視野が広がるんだろうなと思います。


最近気分が落ち込むことがあって、ブログも切ない内容になってしまいました。
感じたことの表現はやっぱり難しいですね。
まとまりませんが、この辺で。


人間的にもう少し成長していきたいものです。